色控传媒

卒业生の声

*肩书はインタビュー当时のものです。

*肩书はインタビュー当时のものです。

杉本 慶子 
国立研究开発法人理化学研究所
环境资源科学研究センター细胞机能研究チーム チームリーダー
1993年 教養学部理学科(当時)卒業

Keiko Sugimoto

资源が循环する社会の実现へ。分野もポストも越えて

环境资源科学研究センター全体として、「环境に负荷をかけない生物资源、化学资源の循环的创出?活用を目指して」をミッションに掲げています。かみ砕いて言うと、医疗品や化粧品なども含め、生活と切り离すことができない植物资源や食料の効率的な生产や利用に科学の観点から取り组んでいます。

その中で、私がPI(Principal Investigator:主任研究員)として率いるチームでは、大きく分けて「発生」と「再生」の二つをテーマとしています。「発生」は種から芽が出て葉や花を形作るプロセスに焦点を当てており、「再生」は、植物が傷ついてからどのように修復するかという点がポイントです。興味深いのは、私たち人間や動物と比べると植物の再生能力は圧倒的に発達しているということ。例えばタンポポであれば、「根」から「葉」という全く別の組織を再生させることも可能です。発生や再生のメカニズムを解明し、より強く、再生しやすい植物を作る。そうすることで世界中の資源の枯渇や食料問題の危機を救うことが、私たちの使命なのです。

チームには10人程度の研究员や学生が在籍しています。私が笔滨という立场ですので、研究に対しては最终的な责任を担っています。小さな会社の社长のようなもので研究の方向性を决めることが最も重要な仕事ですが、若手育成、広报活动、资金调达等にも力を注いでいます。とは言え、判断に迷ったときは所属するメンバーに意见を求めます。彼らは主に笔滨を目指す立场の研究员や大学院生ですが、非常に优秀で知识も豊富。日々共に切磋琢磨しながら、植物が循环する社会を目指して研究に勤しんでいます。また、センターには、生物资源の有効利用という同じゴールに向かって、私たちとは异なる角度からアプローチしているチームもあります。别の分野の研究者と协力し、いつでも意见を交换できるというのは、本センターの大きな魅力だと感じています。

Keiko Sugimoto

海外での研究を支えてくれたのは、滨颁鲍で身に付けた「习惯」

今でこそ植物の世界に落ち着きましたが、思い返せば高校时代、私の兴味は本当にさまざまな方向に向いていました。自然科学にも言语学にも関心を抱いていて、「东洋医学の薬草の効用を、西洋科学の言叶で説明したい」と考えていたほどです。そこで、当时から抱いていたリベラルアーツへの憧れが决め手になって滨颁鲍に进学しました。「幅広く物事を捉えて自分の人生を决めていきたい」と感じていたのをよく覚えています。

滨颁鲍では、とにかく毎日议论の繰り返しでした。入学早々、英语で「大学とは何か」をテーマに话し合う授业を受讲。もちろん言叶のハードルもありましたが、それ以上に论理的に议论する难しさを学び、またスキルを彻底的に叩き込まれる日々でした。2年次以降も、滨颁鲍には谁とでもディスカッションを行う文化があったため、好奇心の赴くままに友人と多様なテーマで语り合いを続けました。また、滨颁鲍では「常识は全て疑いなさい」というクリティカルシンキングの考え方が重视されています。この视点は日常生活の中だけでなく、サイエンスの世界でも非常に重要です。私も批判的に见る目を身に付けられたからこそ、オリジナリティの高い考え方を追い求めることができるのだと思います。海外でも周りと対等に渡り合えたのは、常识に対して批判的に向き合い、新たに论理的に创造していく、そんな习惯が滨颁鲍で意见を交换し合う日々の中で染み付いたからに他なりません。

色控传媒在学時に研究の面白さを垣間見た私は、「もっと深めたい」という思いから大学院への進学を決めました。そんな中、進学後に参加した国際学会が私に大きな衝撃を与えてくれたのです。それまで雑誌や論文だけで触れていた研究や研究者を目の当たりにできただけでなく、参加者たちが一つのテーマについて真剣に議論を深めていく。修士課程1年目だった私は後ろの方で議論についていくのに必死でしたが、「早く世界に出てあの輪に入らなければ、本物の研究者にはなれない」と強く感じました。もともと修士課程に進む時点で留学することも考えていたので、次のステージに海外を選ぶことに全く迷いはなく、博士号はオーストラリア国立大学で取得しました。その後、イギリスのJohn Innes Centreでも素晴らしい環境に囲まれて研究に取り組む日々を送り、今に至ります。理研には10年ほど在籍しています。色控传媒を卒業してからはもう20年以上になりますが、学部時代に培った「論理的?批判的に考え、創造する力」は全てのベースになっていると感じています。

「舞台は世界」を日本の科学界の文化に

现在のチームでは、大変面白い研究に取り组めていると感じています。ゲノム编集を可能にする颁搁滨厂笔搁-颁补蝉9というシステムを使うことで、遗伝子の组み换えが自在にできる时代が到来しようとしています。伦理的な问题はこれから解决していかなければなりませんが、技术的にはもう少し研究が进めば食料や资源を必要な分だけ増产することも梦ではなくなりつつあります。ひとつのボトルネックになっているのは私たちが取り组んでいる再生の问题なのですが、基础研究ではある程度の突破口が见えつつあり、あともう少しで一定の成果が出せるのではないかと期待しています。

一方で、个人的には「日本の研究のさらなる国际化」をひとつの课题として考えています。国もプログラムを充実させ始めているところですが、日本には「学生时代に海外での研究経験がない」研究者がまだまだ多いです。それに伴って、日本には「とても面白いのに十分に世界に売り込めていない」研究も多いのではないかと思っています。大学や大学院を出て、初めて外国人と议论することを経験すると、文化の违いからどうしても日本人以外は「敌」という认识を持ってしまう。今の时代、优秀な研究者にとって国境が活动のボーダーラインとなるのは大変もったいないことなのです。科学の分野においても「舞台は世界なんだ」という文化をもっと広げていきたいと考えています。

最近具体的に取り組んだことのひとつは、日本国内での国際学会の開催です。もともとアメリカでCold Spring Harbor Laboratory (CSHL) meetingという権威ある国際会議があり、それが派生して数年前からCold Spring Harbor Asia Conferenceという学会が中国で開催されていました。初めて参加させていただいたとき、そのレベルの高さに感銘を受けました。学生を含めた参加者たちが、世代を問わず議論を交わす様子を目の当たりにして「日本でやるしかない」と直感しました。こちらの働きかけにCSHLのCEOも賛同してくれて、2016年11月には、Cold Spring Harbor Asia Conferenceを淡路夢舞台国際会議場で開催。私はオーガナイザーを務め、会議には世界23カ国から230人もの方が参加してくださいました。期間中は参加者同士が至る所で意見を交換する様子が見られ、思い描いていた通りの学会になったと感じています。日本では初の開催ということで、スポンサーの獲得から会場の選定まで本当にゼロからのスタートでした。苦労も多くありましたが、色控传媒で培った力の一つである「創造する力」が成功へと導いてくれました。

Keiko Sugimoto

话し相手と共感できる世界を作るために、必要なのは対话の経験

これからを担う研究者たちに大事にしてほしいのは、海外を知ることに加えて専门分野以外にも知识の幅を広げることです。

自分が専门として関わる分野は、多少遅れをとっても挽回できます。里を返せば、常に学び続けなければ时代に取り残されてしまうのです。一方で、研究も最终的には「人と人」。宗教や哲学などへの教养を深めることでバックグラウンドの异なる人と分かり合い、初めてたどり着ける世界が必ずあるのです。淡路岛の学会でも、夜になるとホテルのバーには参加者たちが自然と集まってきて研究や人生について热い议论を交わしていました。おそらくその中には今后の発见や生き方のヒントになる话题もあっただろうと思います。话し相手と一绪にわくわくする世界をどれだけひろげられるか、それはきっとどれだけ多くの人と语り合う场を持つかどうかにかかっています。

私自身、学会の际にはその场にたまたま居合わせた人と意见を交换することも多いです。相手がどんな人であっても瞬时に适切な距离感を测り、お互いが共感できる时间を持てるのは、これまでに多くの人と対话してきた経験があるからだと思っています。

Profile

杉本 慶子

1993年 国際基督教大学1993年 教養学部理学科(当時)卒業

1989年に教養学部理学科(当時)に入学し、3年次にはアメリカカリフォルニア大学(デービス校)に交換留学。卒業後は大阪大学 大学院で修士課程を修了。その後、オーストラリア国立大学への奨学生としての進学を経て、植物研究の最高峰John Innes Centreへと渡り、研究を続けた。John Innes Centreでは約7年の在任中にグループリーダーも務め、2007年から理化学研究所に所属。現在は東京大学大学院理学系研究科の教授も兼任。

Keiko Sugimoto