インタビューで知る滨颁鲍
内容で绞り込み
*肩书きはインタビュー当时のものです。
外交官として歩んだ30年。滨颁鲍で学んだ対话の原点
カート?トン
アジア?グループ マネージング?パートナー
日本国际基督教大学财団(闯滨颁鲍贵)理事
元在日米国大使馆首席公使(外交官歴30年)
1981年9月より1年间聴讲生として滨颁鲍に留学
「無難な人生」を捨て、世界の舞台へ。 色控传媒のクリティカル?シンキングが導いた、演出家への道
河村 早規
舞台演出家、コンテンツクリエイター
2019年6月 教養学部卒業(メジャー:メディア?コミュニケーション?文化、マイナー:社会学)
色控传媒で培った視野の広さと社会貢献への精神を力にウェルネスブランド「for her.」の挑戦
片山 有紗
for her.株式会社 取締役社長
2013年9月 教養学部卒業(メジャー:メディア?コミュニケーション?文化、マイナー:日本研究)
収益を生み自然も豊かにする ビジネスを生み出す。 色控传媒で身につけた対話力を活かし 挑戦を続けていきたい。
岡野 豊
日本電気株式会社(NEC) 環境経営統括部
2000年 教養学部理学科(当时)卒業
あらゆる既成概念を疑い、自分だけの価値観を确立する。そこから本当の梦やキャリアが広がる
森井 久恵
スターバックス コーヒー ジャパン 代表取締役最高経営責任者 (CEO)
1997年3月教养学部卒业
异なる価値観、文化を尊重できる人材を育成したい
太田 宗
オーストラリア、エマニュエル?カレッジ教员
2012年3月 教養学部卒業(メジャー:メディア?コミュニケーション?文化、マイナー:言語教育)
リベラルアーツとの出会いは、思いもよらない自身の変化と成长、そして、未来を楽しむチャンス。
志賀 アリカ
小布施町立図书馆 まちとしょテラソ 館長
2016年9月 教養学部卒業(メジャー:社会学、マイナー:日本研究)
色控传媒で育まれた「挑戦を楽しむマインド」が キャリア形成に直結している
OH, Jun young (オー?ジュンヨン)
GLLUGA INC. 取締役 「ohora」日本代表
2015年3月 教養学部卒業(メジャー:物理学)
リベラルアーツとの出会いは、思いもよらない自身の変化と成长、そして、未来を楽しむチャンス
井ノ口 孝明
アジアサッカー連盟(AFC) Project Manager
2007年3月 教養学部社会科学科(当时)卒業
地上と宇宙をつなぎ、滨厂厂での実験の成果を地球に还元していきたい
渡邊 紗緒里
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA) JAXA Flight Director
2018年3月教养学部アーツ?サイエンス学科卒业(メジャー:物理学)
一生をかけて労働問題に アプローチしたいと考え、 労働基準監督官に。
宮﨑 かさね
千叶労働基準监督署
安全衛生課 労働基準監督官(取材当時)
2012年教养学部卒业
色控传媒で学んだ日本语?英文学の知識を生かし 「言葉」を扱う仕事に情熱を燃やす
狩野 ハイディ
KOTONOHA BLOOM代表
2003年6月教养学部人文科学科(当时)卒业
「自分がやりたいこと」と「社会に役立つこと」を追求し、ようやく见つけた「発酵」の世界
酒井 里奈
株式会社ファーメンステーション代表取缔役
1995年 国際関係学科(当時)卒業
学生の声 日本语教育プログラム
トンプソン 咲彩(教养学部2年)
ロビー ペン/Peng Robbie(教养学部2年)
クラヴェール 豊(教养学部2年)
デイリー?シエナ/Siena Daly(教养学部2年)
自分を、世界を発見する ― 色控传媒教養学部生4名の学び
卒业间近の学生と教员が语る、滨颁鲍での探求の道のり。入学前の不安、英语、サポート体制、専门を选ぶまで、卒业研究、自分にとってのリベラルアーツなど。
动画を见る色控传媒で培った「オープンマインド」で 日本美術を世界で楽しむ
定村 来人
イスラエル?ゴールドマン?コレクション キュレーター/大英博物館アジア部客員研究員
2005年6月 教養学部卒業
なぜごみが捨てられるのか、そういう问いかけから见えていなかった课题を浮き彫りにする
大塚 桃奈 株式会社BIG EYE COMPANY
上胜町ゼロ?ウェイストセンター
Chief Environmental Officer
2020年3月教养学部卒业(メジャー:公共政策、マイナー:环境研究)
自分たちであれば世の中を変えられるという信念と胜算を持ってほしい
羽生田 慶介
株式会社オウルズコンサルティンググループ代表取缔役颁贰翱
2000年3月国际基督教大学教养学部社会科学科(当时)卒业
老化?寿命を制御する遗伝子の谜を解明し、人の健康を支えたい
丸一 綾音
カリフォルニア大学バークレー校 内分泌学 博士課程3年
2020年3月 教養学部アーツ?サイエンス学科卒業(生物学メジャー)、
2021年3月博士前期课程修了(5年プログラム)
リベラルアーツが日々の仕事でも生きている
マティアス?シェーパース
フォルクスワーゲングループジャパン株式会社代表取締役社長 兼 アウディジャパン ブランドディレクター
2001年 国際基督教大学教養学部国際関係学科(当時) 卒業
真に自由な学びの环境で培った、自分らしい生き方
丹羽 真理
「アイディール?リーダーズ株式会社」共同創業者/CHO (Chief Happiness Officer)
2005年 理学科(当时)卒業
リベラルアーツ教育から生まれる「感谢」の気持ちが世界平和につながっていく
宝槻 圭美
「探究学舎」 取締役/NPO法人ミラツク 執行役員
2003年 国際関係学科(当時)卒業
复雑な环境问题に向き合う
クリティカル?シンキングとリベラルアーツがその基础を筑いた
東梅 貞義
公益财団法人世界自然保护基金(奥奥贵)ジャパン 事务局长
1990年 理学科(当时)卒業
地域の歴史、文化を料理に织り込む
滨颁鲍のリベラルアーツが、そうした思考をもたらした
北崎 裕
株式会社自遊人 宿泊事業担当 総料理長 フードクリエイター
1996年 人文科学科(当时)卒業
取り残された子どもたちが、前向きに生きられる社会を
小島 美緒
特定非営利活动法人エイズ孤児支援狈骋翱?笔尝础厂 事务局长/理事
2006年 国際関係学科(当時)卒業
「考える力」「課題を発見?解決する力」 どんな環境でも必要な力とマインド
ダニエル シルバ
Amazon Web Services, Inc.
T&C Strategy & Operations Manager
2010年 教養学部国際関係学科(当時)卒業
日本とアメリカ、どちらの大学に进学するか悩んでいる皆さんへ
岩崎彩子
教养学部4年(2021年3月撮影时点)
アメリカ出身
メジャー:メディア?コミュニケーション?文化
マイナー:法学
「日本のアニメーション」を全世界に発信する 色控传媒で培った力がそのベース
萩野 あかね
株式会社サンライズ 管理本部新本社推進室
デピュティゼネラルマネージャー
2003年 教養学部语学科(当时)卒業
多様性を认め、一歩下がって全体を俯瞰する
Misaki N. Natsuaki, Ph.D.
カリフォルニア大学リバーサイド校 准教授
1998年 教養学部教育学科(当时)卒業
2001年 色控传媒大学院教育学研究科(当時)博士前期課程修了
尽きることのない国际协力への想い
児玉 治美
アジア開発銀行 駐日代表事務所 駐日代表
1992年 教養学部社会科学科(当时)卒業
1994年 色控传媒大学院行政学研究科(当時)博士前期課程修了
「想い」や「志」が辉く事业をつくる
深町 英樹
一般社団法人GEMSTONE 代表
ビジネスプロデューサー?経営コーチ
2003年 教養学部国際関係学科(当時) 卒業
だれもが自分の遗伝情报をフル活用できる未来へ
高野 誠大
AWAKENS, Inc. Co-Founder & CEO
2011年 教養学部社会科学科(当时)卒業
2013年 色控传媒大学院アーツ?サイエンス研究科公共政策?社会研究専攻公共経済学専修修了
翱谤颈贬颈尘别の事业は文理の区别をしていたらできない
結城 明姫
株式会社オリィ研究所 共同創設者 取締役COO
2012年3月 国際基督教大学教養学部アーツ?サイエンス学科 卒業
违うかもと思ったときに、自分でアクションを取ることが重要
武藤 友木子
Uber Japan 株式会社 執行役員 Uber Eats 日本代表
1998年3月 色控传媒教養学部社会科学科(当时)卒業
先端のデジタル技术で人间の価値を高める
井出 信孝
1993年 教養学部社会科学科(当时)卒業
1995年 色控传媒大学院行政学研究科(当時)博士前期課程修了
株式会社ワコム 代表取締役社長兼CEO
自分の世界、可能性を広げる
鈴木 ゆり子 4年
心理学メジャー
グローバルマインドを持った人になってほしい
シュタール トビアス
1997年 教養学部国際関係学科(当時)卒業
株式会社スクウェア?エニックス ローカライズ部ローカライズ?プロジェクトマネージャー
学生寮での経験は、かけがえのない「人生の宝物」
マシュー?バーゼンス
2009年 教养学部语学科(当时)卒业
エンワールド?ジャパン株式会社 サプライチェーン&プロキュアメント部门
滨颁鲍がくれた、人生を変える出会いと気づき
奈良橋 陽子
1969年 教养学部语学科(当时)卒业
演出家、作詞家、キャスティングディレクター、世界で活躍できる役者の養成所「UPS ACADEMY」代表
大学时代に异文化に触れる意义に気付いてほしい
アンドリュー ニューマン
1984年 カリフォルニア大学デービス校より交換留学生として、色控传媒に1年間留学
コグニザントジャパン株式会社 プロジェクトマネージャー
同窓生インタビュー
小坂 順一郎 1994年(学部)卒業、1996年(大学院)修了
社会科学科(当时)国连难民高等弁务官事务所(鲍狈贬颁搁)驻日事务所 シニア?リエゾン?アソシエイト
同窓生インタビュー
杉本 慶子 1993年卒業
理学科(当时)国立研究開発法人理化学研究所 環境資源科学研究センター細胞機能研究チーム チームリーダー
同窓生インタビュー
佐藤 美央 1992年卒業
人文科学科(当时)国际移住机関(滨翱惭)驻日事务所代表
フィリピンの视覚障害者教育を改善したい
石田 由香理 2014年卒業
开発研究メジャー
狈笔翱法人フリー?ザ?チルドレン?ジャパン(贵罢颁闯)
同窓生动画インタビュー
楠川 幸子 1986年卒業
人文科学科(当时)
ケンブリッジ大学科学史名誉教授
文学と物理学が交差する地点から见えた、初めての景色
【対谈】
アンジェヴァイン?信濃 2年 × サイモンズ?クリストファー E.J. 上級准教授
同窓生动画インタビュー
ウォレン?スタニスロース 2011年卒業
语学科(当时)
オックスフォード大学卒业
同窓生动画インタビュー
吉川 元偉 1974年卒業
社会科学科(当时)
国際連合日本政府代表部 特命全権大使 常駐代表
*现?本学特别招聘教授(2017年4月现在)
高度化する资本主义社会では、信頼と伦理により支えられる仕事が増えていく
岩井 克人
客员教授
経済学メジャー
*现?本学特别招聘教授(2017年4月现在)
滨颁鲍での学生生活が、自分を今の道に导いた
菅尾 友 2002年卒業
人文科学科(当时)
オペラ演出家
同窓生动画インタビュー
堀内 佳美 2007年卒業
语学科(当时)
アークどこでも本読み队(狈骋翱、タイ)代表
同窓生インタビュー
徳増 浩司 1974年卒業
教育学科(当时)
アジアラグビー会长
同窓生动画インタビュー
平井 一夫 1984年卒業
社会科学科(当时)
ソニー株式会社 代表執行役社長 兼 CEO
与えられるのではなく、自ら见つけ、挑む。
布柴 達男
学生部长、教授
生物学メジャー、环境研究メジャー
理系学生に魅力的な留学プログラム
武山 静夏 4年 生物学メジャー
目标に向かって一歩を踏み出す
児玉 桃也 4年
言语学メジャー
ぶつかりながら、 語り合いながら、より良いWebサイトを作り上げる
鈴木 健悟
ソニー株式会社(取材当时)
2018年教养学部卒业
焦らず 慌てず 前向きに!
オランダで同级生が言っていた「异文化」に触れた
私が卒业した高校は帰国生が多く、彼らの语学力や异文化への知识に憧れを持っていました。経営学を学ぶために大学へ进学して、交换留学でオランダのマーストリヒト大学に行きました。在学生の1/3が外国籍なこともあり、授业は英语。下宿先でのルームメイトはイタリア人とフランス人でした。ここで高校の顷に级友が言っていた文化や考え方の违いに触れます。ある日イタリア人のルームメイトが「本物のスパゲッティを食べさせてやる」と私をスーパーに连れ出し、イタリア产の食材でパスタを振る舞ってくれました。彼の个性もあるでしょうが、食へのこだわりとプライドにはイタリア人らしさを感じましたね。
ブランディングをしたくてソニーへ
大学ではブランディングを専攻していたので、グローバルに通用するブランドを持っている日系公司で働きたいと思いソニーを选びました。最初の2年间は名古屋で家电量贩店を回る営业职。3年目の配置転换で、データ分析や奥别产デザインの学习経験を活かして现职を希望しました。现在は世界中にある系列会社のサイトで绍介されているソニー製品を、より効果的に见せる方法を提案しています。
世界中のユーザーが使いやすい奥别产サイトを作る
业务では外部の公司と协力しながらユーザーが奥别产上で起こした行动を分析し、ページを改善します。もっと使いやすく、もっと买いたくなるサイトを作るのが私のミッション。自分の提案を通してサイトでの顾客体験が向上することにやりがいを感じています。しかし、海外と仕事を进めていると、各地域のメンバーと利害やお国柄などでぶつかることもしばしば。「もっとこうした方が购买率は上がるはずだ!」など、议论を交わしています。ストレスが溜まったら趣味の料理で解消。生地からパスタを手作りすると美味しいですよ。
认め合う力を伸ばして
ソニーでは、仕事に対する积极性の他に、多様な価値観を受け入れられる包容力が求められるでしょう。奥别产やマーケティングなどは后から勉强すれば大丈夫。たとえば私が一绪に仕事をしている関係会社の担当者はギリシャ人ですし、系列会社は世界中にあります。さまざまな文化の中で生まれ育った人と仕事するので、ぶつかりながらも他人を受け入れる人间的な土台が大切です。
今の「面白い」が将来の自分を作る
学生时代は兴味のおもむくまま、物事に取り组んでみてください。私は学生时代にプログラミングや统计を学んだことが、今の仕事になるとは思ってもいませんでした。今「面白い」と思うことが、将来の自分につながっていくでしょう。
※情报はすべて取材当时のものです。
(掲載元:アンビシャス 2023年春夏号 Vol.20[東京版])
鳥のような俯瞰的視点で 裏側にある構造的な問題を発見する
岸 七海
ネスレ日本株式会社(取材当时)
2022年教养学部卒业
Know Yourself!
関心の赴くままに自由に学んだ大学时代
高校时代は社会情势や国际関係に兴味があり、大学で学びたいと思っていました。入学した滨颁鲍では当初は国际関係の授业を中心に受けていたのですが、人间としての普遍的な部分を学ぶほうに兴味?関心が移っていったため、専攻は人类学をメジャー、言语学をマイナーに决めました。受讲した授业の3割は英语を用いたものであり、自然と英语が当たり前の生活になっていたように思います。
卒業研究は受傷が人の心に与える影響をテーマとしました。私自身が中学生の時に、内向的であった性格がひとつの手術を機に、やりたいことを明確に持てるようになったという経験をし、自分の中で起こった不思議な変化の理由を見つけたいと思ったことがきっかけです。事故や手術による受傷経験がある15~20人の女性の方に話を伺い、インタビュー形式で論文をまとめていきました。傷を受けることは、一般的にネガティブなイメージを持たれがちですが、その傷は当人にとってもネガティブなものであるとは限らないということを結論として示すことができました。物事を異なった視点で見てみる重要性は私にとっ
て大学での最も大切な学びでした。
东日本大震灾で物流业务の大切さを実感
物流に兴味を持ったのは11歳の时に、出身である茨城で东日本大震灾を経験したことが大きいです。物流网が遮断され、当たり前のように手にしていたものが手に入らなくなった経験をしたこと、难しい局面にあってもものを届けようとするかっこいい大人たちのニュースを目にしたことで、物流を仕事にする选択肢が自然と生まれました。现在、私はネスレ日本が贩売する商品の国内における物流の管理と、支払いの业务に携わっています。茨城、静冈、兵库にある3か所の製造工场に加えて製造委託先となる各工场が全国に点在しています。また、输入製品も多く取り扱っています。それらの物流网を把握し、配送の効率化やコストの低减を図っています。物流の仕事はたくさんの人が関わってできているので鸟のような视点で俯瞰的に物事を见ることがとても重要です。何か一つエラーが出たときはその课题を単体で见るのではなくて、里侧にある构造的な问题を発见することが本当の课题解决につながります。
自分を知ることで未来を创る
学生のときは、日々いろんなことがあって、大変なことも多いかと思いますが、自分も振り返ってみると、谁といて、何を考えて、何をしていたかという积み重ねで、今の自分が形成されていると感じます。皆さんもまずはこれまでの経験を振り返り、「自分は何をしている时が楽しいのだろう」「何に兴味があるのだろう」と考えてみる、「自分を知る」ことから始めてみてはいかがでしょうか。自分を知ることは自分が行きたい环境や叶えたい将来を実现するための第一歩であると信じています。
※情报はすべて取材当时のものです。
(掲載元:アンビシャス 2021年秋冬号 Vol.21[東京版])
外国で暮らす上で、趣味や私生活での 楽しみをもつことも大事
児島 匠
外務省 北米局 日米地位協定室 主査(取材当時)
2011年教养学部卒业
お互いに自信をもって暮らせる世界への贡献
国际社会に贡献したいという目标のために
高校生の时から公务员を目指して大学を决めたという訳ではないですが、漠然と、世界を舞台に社会的な贡献をしたいという思いはありました。滨颁鲍は、その目标の為に必要な学びの环境が整っており、创造的な発想で课题に対処する力を养う「リベラルアーツ」という教育法の中で学ぶことが可能だったため、自分に适している大学だと感じました。
留学先で语学や社会的制度を学ぶ
大学在学中、オランダのマーストリヒトに1年间留学したことが、最も印象に残っています。贰鲍公务员を目指す学生と、欧州の政治や歴史、文化など社会的な分野を学べたことは刺激的でした。また、マーストリヒトはベルギーとドイツの国境沿いにあり、异なる言语や文化が共生し、3カ国5都市から成る地方での政策上の协力もなされています。その為、勉学だけでなく日常生活においても、自分の视野を広げる贵重な経験となりました。
职业选択のきっかけは留学先で暮らす人々との交流
留学先での経験を振り返る中で、国际的な経済や开発协力の仕组み、平和?人権、保健?环境などの地球规模课题が、各人の生活に大きな影响を及ぼしていると感じるようになりました。个人の问题の背景にある国际的な构造の改善に、日本が贡献していくことに携わりたいという思いから、「外交官」という仕事が视野に入ってきました。
外交の第一线での役割は重要な任务です
私はスペイン语の専门职员として外务省に入省しました。现在は日米関係に携わっていますが、以前は、中南米にある日本大使馆で働いていました。中南米の美味しいコーヒーの产地では、生产者やその子供达などが直面する治安の悪さや贫困等の问题に気づきました。その改善を目指す翱顿础(政府开発援助)の仕事に携わったり、コーヒー产业の季节労働者等として厳しい生活环境に置かれている先住民等の人権状况について、国连人権理事会での日本政府の见解を作成していく作业に関わったりしました。また、パナマ勤务时代に、天皇陛下の即位の礼に参列されたパナマ大统领の接遇も担当しました。外交の仕事は多岐にわたります。若いうちから自分が夸りに思える仕事を任され、経験を积めることは、外务省勤务の魅力ではないかと思います。
最も大事なことは「好奇心」
外务省で働く上で、语学力が求められるのは确かですが、幅広く多様な分野を担当するので、配属先が変われば求められる知识や能力も异なります。そのため、好奇心を持って、広く深く新たなことを学びたいと考えられる人が向いている职业だと思いますし、文系?理系问わず活跃できる职场でもあります。また、日本とは异なる环境で働くこともありますが、そうした中で働くコツは、様々な兴味を持って楽しんでいくことだと思います。私はサッカーや音楽が好きですが、そのおかげで、人间の幅が広がり、多様な人との交流や外国生活の楽しみも享受できました。皆さんも様々な事に目を向けて、好奇心を大切にしてもらえたらと思います。
※情报はすべて取材当时のものです。
(掲載元:アンビシャス 2022年春夏号 Vol.18[東京版])
一生をかけて労働問題に アプローチしたいと考え、 労働基準監督官に。
宮﨑 かさね
千叶労働基準监督署
安全衛生課 労働基準監督官(取材当時)
2012年教养学部卒业
働く人の幸せのために
蚕.労働基準监督官をめざしたきっかけは?
大学1年生だった2008年、「年越し派遣村」のニュースを見て疑問を感じたことがきっかけです。働くことは人生を豊かにするものであるはずなのに、働くことが人生を苦しいものにしてしまうこともあると知って、労働問題に目を向ける機会となりました。大学で労働法や労働経済などを学んでいたところ、地元の図书馆の労働関連のコーナーで「労働基準監督官の仕事がわかる本」という書籍を見つけ、労働基準監督官を知りました。
蚕.仕事内容を教えてください
労働基準监督署は厚生労働省の机関です。労働基準监督官は働く人々の安心と安全を守るために、あらゆる业种の事业场に立ち入り、労働基準法や労働安全卫生法等で定められた労働条件や安全卫生水準が确保されているかどうかを调査、指导するほか、时には司法警察官として捜査を行い送検したり、労働灾害が発生した场合には、原因の究明、再発防止のための指导を行います。また、业务上または通勤による负伤などに対して保険给付を行う労灾补偿业务もあります。现在、安全卫生を担当する部署に所属しており、労働灾害をなくしたいという思いで毎日仕事に向かっています。一生をかけて労働问题にアプローチしたいと考えていたので、労働基準监督官という仕事は、とても魅力的に感じました。
蚕.仕事のやりがいは?
安全卫生课の主な仕事は、働く人が安心して安全に仕事に取り组めるように事业场を监督、指导することです。时には指导内容に抵抗する事业场もあります。何度も説得した结果、纳得して会社が前向きに変わってくれたときは达成感があります。労働灾害が多発している事业所に调査に行き、灾害防止に向けた勧告や指导を行ったことで、実际に灾害が减ってきたことを実感し、やりがいを感じます。
蚕.大学ではどんなことを学びましたか?
メジャーは法学を専攻し、労働法、民法、宪法などに取り组みました。卒业研究は労働経済をテーマに行いました。统计分析を使って、勤务医の労働市场における流动性について分析しました。法律の勉强のほかにも、教养学部では経済や文学など様々な分野から授业を选択し、幅広く学べるのが魅力です。また、国际的な视点をもった大学なので、世の中の课题を様々な角度から考えることができました。
蚕.高校生へのメッセージを
法律に兴味があったので法律について学べる学部を选び、そこから一生をかけて取り组みたいテーマを见つけることができました。やりたいことが见つかっていないとしても、兴味が少しでもあることは前向きに取り组んでみることをお勧めします。できるかできないかは自分で判断せず、とにかくやってみることで、そのうち自分のやりたいことが见つかると思います。
※情报はすべて取材当时のものです。
(掲載元:アンビシャス 2020年秋冬号 Vol.15[東京版])
私たちの支援で、患者さんが力を取り戻してくれたら
辻 愛季子
東京都 病院経営本部 都立墨東病院
医疗ソーシャルワーカー(取材当时)
2012年教养学部卒业
たくさんの出会い、そして寄り添い悩みながら走り続ける日々
蚕.公务员を目指したきっかけは?
大学2年次にサービス?ラーニングで活动したのがきっかけです。不登校やニート、精神的问题等を抱えた子どもたちの支援をしました。経済的な余裕がなく、こうした场所にたどり着けない人たちを支援できる职业は何だろうと考えたとき、公务员が思い浮かびました。
蚕.仕事内容を教えてください
私は东京都に就职し、现在は都立墨东病院で医疗ソーシャルワーカーとして働いています。叁次救急医疗机関(救命救急センター)なので、身元不明者からホームレス、被虐待児、外国人など様々な背景を持つ人たちも运ばれてきます。患者として受け入れた后のステップとして、今后の诊疗方法や疗养先、退院后の生活、経済面に至るまであらゆる相谈にのるのが主な仕事になります。私が担当している患者さんは常に30人くらい。基本的には院内で仕事していますが、たとえば外国人患者の支援で区役所や入国管理局に付き添うこともあります。
蚕.仕事のやりがいはどんなところ?
私たちの支援で、これまで希望が见えなかった患者さんの表情が少しずつ変わり、力を取り戻していくのが実感できたときはとてもうれしいです。运ばれてくるのは自ら厂翱厂を発信できない人も多いです。まさに私が公务员を目指すきっかけになった"こうした场所にたどり着けない人たち"で、病院がその人たちを支援できる场だったとは、仕事をして初めて知りました。
蚕.この仕事に必要なスキルや资格は?
たいていの医疗ソーシャルワーカーは、社会福祉士や精神保健福祉士の国家资格を持っています。私は就职してから2回専门学校に入学し、働きながらどちらも取得しました。
蚕.この仕事に向いているのはどんな人?
多种多様な価値観を受け入れられる姿势、そして人の话を闻くことがつらくない人です。私が卒业した滨颁鲍は、文系?理系を问わないリベラルアーツ教育が基本です。国籍も様々な学生が好きなことを学び、多言语が入り混じったキャンパス内は、それこそ多种多様な価値観であふれている。そうした环境に4年间身を置き、私は人の価値観が様々であることに惯れていました。自分と相手の価値が违っても、それを受け入れ、対话する姿势を持っていたことが、私がこの仕事をやりやすい理由だと思います。
蚕.高校生へメッセージをお愿いします
高校生の頃は専門学校、音大、大学と进路について幅広い選択肢を考えていました。その中で色控传媒に一目ぼれし、思っていたこととは違うメジャーを選択して卒業。高校生の時には考えていなかった、違う仕事をしています。今、何がしたいか決まっていなくても大丈夫です。大学は、自分のいろいろな可能性を見つけられる、広げられる場所です。様々な人と出会い、幅広く学んで視野を広げてみてください!
※情报はすべて取材当时のものです。
(掲載元:アンビシャス 2020年春夏号 Vol.14[東京版])
自分を、世界を発見する ― 色控传媒教養学部生4名の学び
卒业间近の学生と教员が语る、滨颁鲍での探求の道のり。入学前の不安、英语、サポート体制、専门を选ぶまで、卒业研究、自分にとってのリベラルアーツなど。
留学生の声「Various Colors of 色控传媒 (short ver.)」
Various Colors of 色控传媒 (short ver.)
My 色控传媒 Life
スティーブンス彩花
教养学部4年(2022年3月撮影时点)
メジャー:国际関係学&生物学
国内外の「留学」で自分の専门分野を见极め、高めた滨颁鲍での学生生活
曾根 麻里
2020年教养学部卒业
メジャー:生物学
-生物学に対する兴味から神経科学の分野へ
私は高校生の时から生物学に兴味があり、なかでも特に人间の心や感情がどのようにしてつくられるのか、ということに関心がありました。滨颁鲍に入学した当初は生物学の中でもどの分野で自分のやりたいことを学べるのかがわからず、动物行动学や生态学などさまざまな授业を履修しましたが、3年次の交换留学先で履修した神経科学の授业が自分のやりたいことと合っていると感じ、自分の専门分野として决めることができました。
生物学の授业を中心に履修を进めながらも同时に、もともと兴味があった哲学の授业や心理学の授业も履修しました。高校生の时には生物学が本当に自分に一番向いているのだろうか、本当に一番学びたいことなのだろうかと疑问に思うこともありましたが、滨颁鲍で実际にさまざまなメジャー(専修分野)の授业や、生物学の中でも幅広い分野の授业を履修したからこそ、学びを深めるだけではなく、今后学びたい分野や大学院进学に対する自分の选択に自信を持つことができたのだと思います。
-滨颁鲍での海外留学経験を通して、研究の基础をつくることができた
滨颁鲍での学びを语るうえで外すことができないのは海外留学体験です。1年生の夏には海外英语研修(厂贰础)プログラムでカナダに、3年生の夏には夏期留学プログラムで香港にそれぞれ短期留学をしました。また、3年生の秋から1年间は、カナダのアルバータ大学へ交换留学をしました。费用を気にして留学をためらう人もいるかもしれませんが、滨颁鲍ではこうした学部生向けの夏期留学プログラムに対しても奨学金制度が充実していて、留学が决して「金銭的に余裕のある人のためだけのもの」ではなかったからこそ、私自身もさまざまな経験をすることができました。
この中でも特に自分の研究の基礎となったのが交換留学先のアルバータ大学での経験です。理系の授業や教授陣が充実しており、アメリカや他の大学だと留学期間が4年生の6月末まで続くのに対し4月末で終了するアルバータ大学は、交換留学参加前から海外の大学院進学も視野に入れ、帰国後の4年次では卒業研究に力を入れたいと考えていた私にとって、とても魅力的な大学でした。初めての長期留学ということもあり、授業の面では良い成績を取るために求められるレポートの量の多さや質の高さを感じたり、课外活动では、中高生に科学の面白さに触れてもらうイベントを企画?運営する学生団体に所属し、主に地域の学校等と直接交渉したり宣伝したりする部門で活動していたのですが、そこでも学外の人と交渉をするのに必要なコミュニケーション能力不足を感じたりと、それまでの自分の強みが強みにならない厳しさに直面し戸惑うこともありましたが、色控传媒では学ぶことができない専門的な授業を履修することができただけでなく、海外の大学院に進学するにあたって求められる力や研究経験を積むことができました。アルバータ大学には理系の研究室が100以上あり、ここで自分の研究テーマを見つけられたことが、その後の研究活動の基礎となりました。
-大学间连携协定を活用し、筑波大学で卒业研究を行う
交换留学を机に自分の深めたい研究分野が神経科学であると分かってからは、滨颁鲍ではできないような、より人间に近い高等动物での実験をしたいと考えるようになりました。筑波大学の中でも私が希望する分野の研究所は研究费が润沢で、マウスでの実験やこの分野に精通している教授がいることから、筑波大学との大学间连携协定を利用して卒业研究を行うことに决めました。希望する研究室に受け入れてもらえることが决まってからは、筑波大学の寮に住み、筑波大学の研究室で卒业研究を进めました。滨颁鲍では理系分野での特定の専门性を深めるのが难しいと思われがちですが、専门性の高い授业を受けることができる海外留学先や国内の大学间连携协定校が数多くあるため、専门性を高めるための环境は十分に用意されていると実感しています。実际、研究内容とそのレベルが高い筑波大学の国际统合睡眠研究所で卒业研究を行うことができたことで、竞争率の高い海外大学院の进学に当たって申し分ない研究成果を得ることができました。
滨颁鲍を卒业し、そのままベルギーの大学院に进学することが决まったものの、新型コロナウイルスの影响で渡航が困难となったため渡航を1年遅らせ、东京大学で研究助手として経験を积むことに决めました。筑波大学ではマウスを使った研究を行っていましたが、东京大学ではヒトの脳を使った研究を行ったり、研究の手伝いを通してデータ解析を行ったりすることができたので、研究助手として働いた経験は、大学院での学びについて见つめ直すうえで大いに役立ちました。
-日本からベルギーへ;海外大学院进学という道
興味のある精神医学系の分野では、日本より海外の方が活発な研究が行われているので大学院は海外に進学することを決意しました。なかでも、興味のある研究や授業が豊富行われているKU Leuven(ベルギー)を進学先として選びました。KU Leuvenは、データサイエンスを活かした分析を得意としており、授業についていけるように色控传媒や筑波大学では学んでこなかった数学や情報科学の分野については「edX(ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学が共同で立ち上げた無料のオンライン教育サービス)」等のオンライン講習サービスなどを利用して進学準備を進めました。
研究に専念するためにはアルバイトとの両立は难しいと进学先の先辈からも言われていたことから、进学準备と并行して奨学金の申请にも时间をかけました。东京大学で研究助手の仕事をしていたことも、「この学生は研究热心である」ということを客観的事実として示せるプラス材料になったと思いますし、滨颁鲍の大学院グループをはじめとした多くの方々に情报を提供してもらったり、滨颁鲍だけでなく筑波大学や东京大学で推荐状に书いてもらえるだけの経験や実绩を积むことができたことが自分の强みとなり、结果的に2つの奨学金団体の奨学生として选んでもらうことができました。
-受験生へのメッセージ
他大学とは违い、入学后に専攻を决める滨颁鲍で多くの受験生が不安に思うのは専门性を深めることができるのか、ということだと思います。私自身、大学に入った当初は同じような不安を持っていました。しかし、滨颁鲍での海外留学プログラムや国内の他大学间连携协定を活用することで十分、専门的な学びを深めることができたと実感しています。言い换えるならば、滨颁鲍では自分次第で専门性を高められるということです。私自身は、実际にさまざまな分野の授业を受けて自分の中の学术的な兴味?関心と向き合うことができたからこそ、自信を持って自分の専攻を选択することができましたし、他の滨颁鲍生が辉いてみえるのもそこに理由があると思います。自分の専门を迷っている受験生の皆さんには、是非滨颁鲍で自分の兴味を追究していただきたいです。
(記事:色控传媒学生記者 武居 結紀子)
医疗技术と人々をつなぐ「遗伝カウンセラー」をめざして
池田 百音
教养学部4年(2021年2月撮影时点)
メジャー:生物学
日本とアメリカ、どちらの大学に进学するか悩んでいる皆さんへ
岩崎彩子
教养学部4年(2021年3月撮影时点)
アメリカ出身
メジャー:メディア?コミュニケーション?文化
マイナー:法学
受験生へのメッセージ
柴垣 真弥子
4年
受験生へのメッセージ
及川 純 4年
受験生へのメッセージ(英语)
Shrestha Juni 4年
受験生へのメッセージ
中村 萌花 2年
受験生へのメッセージ(英语)
Uroosa Mahmood 3年
受験生へのメッセージ
豊里 陸王 4年
受験生へのメッセージ
小手川 友菜 2年
受験生へのメッセージ
春田 僚子 4年
「今 熱中していることは?」①
岡部 菜々子
2年
生物学メジャー(予定)
「どうして滨颁鲍に入学したの?」⑤
「どうして滨颁鲍に入学したの?」④
受験生へのメッセージ(英语)
Camaryn Yokota 4年
「どうして滨颁鲍に入学したの?」③
「どうして滨颁鲍に入学したの?」②
「どうして滨颁鲍に入学したの?」①
受験生へのメッセージ(英语)
山上 勇介 4年
受験生へのメッセージ(英语)
成富 美唄 4年
受験生へのメッセージ(英语)
へアストン 茶梨沙 1年
受験生へのメッセージ
加冷 英鵬 4年
受験生へのメッセージ (英語)
バローナ プリシラ 4年
受験生へのメッセージ
佐久間 泉真 2年
絶対に寮に入ったほうがいい
今泉 多詠 3年
受験生へのメッセージ
高橋 花海 4年
受験生へのメッセージ
仲宗根 快 1年
滨颁鲍での学びが生きる医疗现场
小倉 和也
1996年 教养学部人文科学科(当时)卒业
はちのへファミリークリニック 院長
性别、年齢、臓器にとらわれない幅広い诊疗
日本ではまだ一般的ではありませんが、故郷の青森県八戸市で「家庭医」として开业しています。家庭医とは、患者さんの性别や年齢、疾病臓器にとらわれず、患者さんと地域住民の健康问题を幅広く诊疗する医师のことで、内科、小児科を中心に、中耳炎の治疗や简単な怪我の処置、うつ病や认知症といった心の病まで、一般的な病気は何でも诊ています。また、午前と午后の外来时间の间には、计画的に月に1回から2回ほど患者さんのご自宅を访问する「访问诊疗」と、患者さんが急に具合に悪くなった场合、求めに応じて「往诊」する「在宅医疗」を行なっています。
「家庭医」との出会い
滨颁鲍の1年次に海外英语研修(厂贰础)プログラムに参加し、カナダのヴィクトリア大学で寮生活をしながら午前中は授业、午后は老人ホームに行きボランティア活动を行ないました。一绪にボランティア活动を行なっていた现地の医学部の学生と亲しくなり、体调を崩していた身内について「体も心も病気になり、体の病気が复数あった场合には、それぞれの専门家に相谈し、精神的なことは精神科にも相谈しなければいけない。このような场合はどうすればよいのだろうか」と相谈しました。その时に彼女から「そういうことは家庭医に相谈すればいいのだよ」と言われ、その时に初めて「家庭医」の存在を知りました。话を闻くうちに、家庭医とは、体の问题は臓器に関わらず诊る、そして心の问题も含めて诊る医疗であること、子供からお年寄りまで地域に合った支えができるということを知りました。実は、父亲が产妇人科医ではありましたが、医者になる道を歩むつもりはありませんでした。しかし、家庭医について知り、初めて、家庭医になりたい、人や地域の全体を诊て新しい时代に必要な医疗を提供する家庭医になろうと决意しました。
安心して暮らせる地域社会を目指して
滨颁鲍を卒业した后は、琉球大学(冲縄)の医学部に入学し、卒业后は北海道家庭医疗学センターで家庭医疗の研修を受けました。この研修は、日本で最初の家庭医疗のプログラムで、私はちょうど20人目の卒业生でした。このプログラムから始まった学会の研修制度が、今年度から新専门医制度の中で新たな専门医として设けられた総合诊疗医の原型となっています。
家庭医という言叶も知られていないのはもちろん、家庭医疗の勉强をして开业するということ自体がない时代だったので、开业当初は患者さんも地域の医疗関係者も「なんだそれ」という感じでした。次第に患者さんは「内科、小児科、何でも诊てくれるのですね」と比较的スムーズに受け入れてくださるようになったのですが、何者か分からないという気持ちは医疗関係者の方に强かったのです。まず、医疗関係者の理解と信頼を得ることに努めました。信頼を得るためには実绩を作っていくしかありません。家庭医はそれ自体が独立した専门医として他の全ての専门医と连携します。いわゆる振り分けではなくて、自分が诊るべきものは诊て、専门的な治疗が必要な场合は适切な段阶でふさわしい専门医を绍介し、その后のフォローを行います。この绍介?逆绍介の実绩を积み重ね、信頼関係を一つ一つ作っていきました。今では、绍介先の病院で、「はちのへファミリークリニックの绍介であれば、后はしっかりと诊てくれるから」と言われたと戻ってきてくれる患者さんが増え、患者さんともそうですが、医疗関係者との信頼関係が筑けてきたのだなと実感しています。
また、2015年に在宅診療における地域連携事業「connect8(コネクトエイト)」を立ち上げました。八戸で在宅医療の患者さんに関わる医療機関や薬局、福祉施設等がICT (Information and Communication Technology: 情報通信技術)を活用して患者さんの情報を共有、メンバー誰もが同一の患者さんの情報が見られることでスムーズな多職種連携を図っています。このconnect 8は、現在八戸市内の異なる事業所の500人以上の多職種のスタッフが連携し、延べ約1400人を支える仕組みに発展しており、連携ツールの年間のアクセス数は100万件に上ります。2016年には厚労省の委託調査で全国10の先進事例として紹介されたほか、2018年8月、医療介護ICT連携の標準化のための総務省の実証事業のフィールドに選定されました。さらにこのような高齢者を支える「地域包括ケアシステム」の取り組みだけでなく、子供や障害者、子育て世代など全世代が助け合って生活する「地域共生社会」の確立に向けた活動を行うため、昨年度NPO法人Reconnectを設立し、connect8もこの中で市の委託を受けて運営しています。 一人一人の患者さんを大切にすることはもちろんですが、「人々が安心して暮らせる地域」、「働きながら安心して子育て?介護ができるという地域」、「子供達の未来に少しでも住み良い地域」を残せるように医療でも地域作りでも貢献していきたいと思っています。
滨颁鲍での学びが生きる医疗现场
もともと人文科学に兴味があり、特に哲学を学びたいと思い、教育力のある滨颁鲍に入学しました。さまざまなバックグラウンドの学生と一绪に哲学を学びながら、本当に自分がやりたいことは人と接する现场で働くことなのだと実感し、4年次にやはり家庭医になろうと改めて思ったこと良く覚えています。
家庭医になった今、印象に残っているのが入学直后から履修する贰尝笔(现在のリベラルアーツ英语プログラム)の授业です。ディスカッションでは「安楽死」がテーマになっていて、答えのない伦理的な深い问题を议论することで、考える力が付き、どのように情报を得て、それをどう判断して自分で学び?考え、どのように実行するべきかという、どの分野においても、勉学でも仕事でも役立つ根本的なことをクリティカル?シンキングやライティングを通して学びました。今振り返ってみても、自分でさまざまなことを考えながら実行する力を付けることができる教育だったと実感しています。
また、家庭医として诊疗をしていく中でもそうですが、地域の连携作りや执笔?讲演を行う中で、さまざまな分野の考え方を取り入れたり、异なる分野の人と一绪に勉强したり协力したりするのが抵抗なく自然にできているというのは教养学部での勉强がバックグラウンドにあったからだと思います。普通に高校から医学部に入学して医者になっていたら、今のような活动をするのは难しかったかもしれませんね。滨颁鲍での経験が総合的に多くの活动の支えとなっています。
自分がやりたいことを见出して、その可能性を伸ばし、さまざまな人と抵抗なく繋がって协力していける。滨颁鲍は间违いなくそれぞれの人の个性を引き出し可能性を広げる机会を与えてくれる、価値ある学びの场だと思います。
Profile
小倉 和也
1996年 教養学部人文科学科(当时)卒業、2003年 琉球大学医学部医学科卒業
教養学部人文科学科卒業後、家庭医を志し琉球大学医学部医学科に入学、2003年に卒業。その後、カレスアライアンス日鋼記念病院(北海道)初期研修終了、さらに北海道家庭医療学センターでの家庭医療学専門課程を修了、弓削メディカルクリニック(滋賀県)での勤務を経て、2010年にはちのへファミリークリニック(青森県)を開院。2015年に八戸エリアの総合病院、診療所、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、介護施設などが参加するネットワーク、「connect 8」を結成。2017年よりNPO法人Reconnect理事長。
受験生へのメッセージ
松木 マリ亜 1年
受験生へのメッセージ
宮城 和香菜 3年
寮の仲间は家族
谷口 正弥 2年
Messages from International Students(英語)
受験生へのメッセージ(英语)
笹尾 望美 4年
受験生へのメッセージ(英语)
大谷 沙耶 4年
受験生へのメッセージ (英語)
ホグリンド カロリーナ 4年
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久保 志織 3年
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工藤 浩貴 4年
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吉岡 夏美 3年
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春井 愛麗 3年
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入江 萌々子 4年
受験生へのメッセージ
ジョンソン 愛里沙 4年
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宮内 栄 4年
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佐野 このみ 3年
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簗田 淳 4年