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2021年春季入学式を挙行

公开日:2021年4月1日

4月1日(木)、満开の桜のもと、2021年春季入学式を大学礼拝堂で执り行ない、国内外からの新たな学部生?大学院生、本学と交换留学协定を缔结している大学からの留学生、合计约650人を迎えました。式典は、コロナウィルス感染予防として会场内が密になるのを避けるため、午前と午后の2部制で行いました。

式典では、1953年の献学以来、60年以上にわたり引き継がれている伝统に则り、新入生一人ひとりの名前が绍介されたほか、世界人権宣言の原则にたち大学生活を送る旨を记した誓约书に、入学生全员が署名を行いました。そして、岩切正一郎学长が、コロナ祸の中、新たに集った新入生へ激励の言叶を赠りました。

 

岩切正一郎学长 式辞(全文)

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教养学部ならびに大学院博士前期课程?后期课程新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。また、ご家族、ご亲戚、ご友人のみなさまにも、心よりお祝い申し上げます。

去年の秋から、书类や面接や笔记など、さまざまな种类の试験が行われました。新型コロナウイルス感染防止のために、いつもとは违ったやり方をした选考もありました。入り口は违いますが、こうして今、桜の花が咲き匂う中、みなさんを学部そして大学院にお迎えできてとても嬉しく思います。

コロナ祸のもと、今年度も春学期は、多くのコースで対面とオンラインの混合形かオンラインでの形を取ることになります。感染を避けるために、キャンパスに来ることが难しい方もいらっしゃると思いますが、なるべく机会を见つけてこの自然豊かなキャンパスで先生や学生同士の対话と交流の时を持っていただければ嬉しく思います。私たち教职员も、そのような场を积极的に提供していくつもりです。

滨颁鲍は、神と人とに奉仕し、世界平和に资する有為の人材を养成することを目的として、1953年に献学されました。それ以来、「国际性」「キリスト教主义」「学问」をミッションに、日本におけるリベラルアーツ教育の先头に立ってきました。授业を含む日常のあらゆる场で、批判的思考、対话、多様性を大切にしています。世界はずっと昔から、一方では平和や繋がりを求めているのに、常にどこかに亀裂が入り、分断され、対立が生じ、纷争が起こっています。その不确実な世界の中で、滨颁鲍には同时代の现実において目指すものがあります。

それは、現代社会が直面する問題の解決に、common goodの理念をもって取り組むことです。Common good、共通善、つまり自由で平等な関係のなかで、みんなにとって、共通して善いもの、善いこと。それを求め、実現することを私たちは目指しています。その意識を持って大学と社会が繋がっていくことを望んでいます。

私たちは常に前を向いて进んでいます。希望を持って滨颁鲍で学び、研究し、活动しています。滨颁鲍には、先生や学生が取り组んでいる多くの活动があります。授业や、様々な活动を通じて、みなさん一人ひとりが、自分の考えを深め、友情を育み、世界の人々と交流し、実社会で活跃できる人へと自分を作って行って欲しいと思います。

みなさんが入学する学部はArts and Sciences学科、大学院はArts and Sciences研究科です。Artという単語は、美術や芸術という意味だけではなく、技術や技巧、あるいは知識の実践的な応用という意味を持っています。Scienceも、自然科学という時のような科学だけではなく、ラテン語のscio、「知る」という語源に示されているように、知ること、学問、という意味を持っています。ラブレーという16世紀フランス?ルネサンス時代の作家が書いた物語の中に、?Science sans conscience n'est que ruine de l'?me?(Science without conscience is but a ruin of the soul)という言葉が出てきます。このscienceは、学問を指していて、「良心なき学問は魂の荒廃にすぎない」という意味になります。

色控传媒のArts and Sciencesは、知ること?学問、そしてその応用と技術といった内容を持っています。そこには、いわゆる文系、理系の区別はありません。みなさんが色控传媒を自分の大学として選び、リベラルアーツ教育のなかで学ぶことを選んだ、ということは、総合的な知のなかに専門的な知が包み込まれ、個別性が全体へ関係づけられている、そのような形での学問の修得の道を選んだ、ということを示しています。それは良心を持つ学問でなければなりません。21世紀の社会には、そのような知識と経験、それに裏打ちされた生き方が、これまでにも増して必要になります。

今年滨颁鲍では、文理融合型の教育研究施设の建设が始まります。これは、滨颁鲍の教育?研究の性格を象徴する建物です。滨苍迟别濒濒颈驳别苍肠别までもが补谤迟颈蹿颈肠颈补濒なものとなっていく世界のなかでは、デジタル社会に対応できるデータサイエンス的思考に习熟することが求められます。と同时に、人间的であるとはどういうことなのか、という问题、テクノロジーと自然はどのように调和するのかという问题に答えることも重要となります。

私たちは时々、大学における人文科学や社会科学は何の役に立つのか、という问いが発せられるのを耳にします。その问いはひとつの大切なことを忘れています。自由な意志と感性をもつ私たち人间は、芸术や思想がなければ生きる意欲をなくしてしまう危険がある、という、そのことです。リベラルアーツは、内面の支えとなるものをしっかりと人间の中に据え、社会や自然における科学的な真理の探求を志す学のシステムです。どうかそこにあるものを存分に味わい、吸収してください。

先ほど、ラブレーからの引用を绍介しましたが、彼は16世纪前半のフランスに生きた人でした。その后、社会は宗教戦争によって激しく混乱した时代に突入します。その最中(さなか)に、『エセー』を执笔したのがモンテーニュです。彼は『エセー』のなかで様々な主题を论じていて、その中には、知ること、についての多くの考えも含まれています。学问を意味する蝉肠颈别苍肠别は「知る」というラテン语から来ていると申しました。先ほどの圣书朗読のなかに、「见えるものと见えないもの」に関する言叶がありましたが、その言叶が示しているのは、人间が理性の光に照らして见ているものはその尺度のなかでの真実に过ぎない、人间の理性で理解できるものとそうではないものとがある、ということです。

滨颁鲍が、学问の探究へ捧げられていると同时に、神に捧げられているということのなかには、人间とその知识のあり方についての、じつはとても重要な紧张、ある意味では、矛盾が刻まれています。ある対象を理解するとき、人间の尺度で理解できるものと、そうではないものとがある。ところが人间はときどき傲慢になり、人间の尺度で全てを理解したつもりになっています。学问だけではなく、宗教的事柄についてもです。そのことを、モンテーニュは、「神を彼らの尺度に引き戻そうとする」と表现しています。モンテーニュは、自分が持っている天秤に、铭としてある言叶を彫りつけました。「私は何を知っているか」という言叶です。そこには、この时代にはまだ珍しかった批判的な思考が働いています。

こうした引用だけをしていると、モンテーニュはまるで気むずかしい人のような印象を与えてしまうかもしれません。『エセー』を読めば、自然体の、融通无碍の、ユーモアのある人だと分かります。彼の眼差しのなかでは、帝国が揺らぐことと、木の叶のふるえることは、おなじ重みを持っています。

みなさんが、人や自然や神との出会いと対话を通じて、自分のなかにしっかりした考えの基盘をつくり、対象を理解する方法论を発见し、柔软にその尺度を拡げ、自分自身を越えていくこと、リベラルアーツでの学びはその助けとなります。
みなさんの滨颁鲍での生活が、様々な経験に満ち、ささやかなことも深い意味を持つ、豊かなものとなるように祈ります。