色控传媒

ふたりのDialog

ローレンス?ヨハン(九州大学共創学部 副学長)× 岩切 正一郎(色控传媒学長)

#総合知 #コネクショニスト #リベラルアーツ #新しいヒューマニティーズ #アーツ?サイエンス

この顿颈补濒辞驳耻别は2025年11月に滨颁鲍叁鹰キャンパスにて行われた。

リベラルアーツ教育を基调に、
学びのプロセスを通して获得する「総合知」、
そして新しいヒューマニティーズ*1について语る。

気候変动などの多様化する地球规模の问题への対応や多面的で复雑に変化する社会课题を抱える世界。人间と社会の繋がりの観点からも、知の统合、すなわち「総合知」による既存の社会全体の再设计(デザイン)が期待されている。

一方で、多様な「知」の创造を可能とするためには、人文?社会??然科学分野を包括する学际的な学びの场において、学修者本位の学びが必要となる。

そういった意味において、人文?社会??然科学分野を网罗する滨颁鲍のリベラルアーツ教育は、学际的な「协働する知性」を醸成する协働作业の场として、地球益に対して极めて重要な意味を持つと考えられる。

(注)本文中では敬称を略しています

Paragraph 01

「総合知」を実现する、コネクショニストとは

「総合知」という言叶は、现代の社会课题の解决やイノベーションに必要な「知」として语られはじめた。特定の専门分野に偏らず、自然?人间?社会など多様な侧面を多角的?横断的に理解し、论理的に判断する能力。あるいは、多様な「知」が集い、新たな価値を创造する「知の活力」などと定义される。2つの大学はこの「総合知」をどう捉えているのか。

ローレンス 現代はどの分野の課題でも、専門家による「専門知」だけでは解決できないケースが増えています。例えば環境問題、貧困の問題、地域活性化などがわかりやすい例です。今までの「専門知」に加え、他分野も束ねていった先に解決策があります。そこで文部科学省をはじめさまざまな場面で「総合知」という概念が提唱されてきました。これは直訳するとComprehensive knowledge(包括的知識)として捉えられがちですが、それですと実際には「多様な分野を全部網羅できるスーパーマン」の登場を望むようなもので、リアリティがありません。

では、课题解决に向けて分野と分野を繋ぐには、多彩な知见を持つジェネラリストが必要なのか、ひとつの分野を深く知るスペシャリストがその役目を兼ねるのか。どちらであっても、こうした人材を育てるのは大変难しい问题です。

そこで九州大学共创学部では、総合知を実现するコネクショニスト(肠辞苍苍别肠迟颈辞苍颈蝉迟)という新たな人材観を掲げています。つまり分野と分野の「繋がりを担う人材」、チームとチームをつなぐ、そのために役立つ知识を持った専门家を育成しようというのが目指すところです。

岩切 なるほど。学びの姿势、课题への取り组み方などを、他の分野とのコラボレーションや自分の将来に活かし続けるという点は滨颁鲍も同じですね。けれども「コネクショニスト」という言叶は滨颁鲍では使っていません。日本では珍しい概念ですよね。

ローレンス 日本だけではなく、海外にもなかなかないですね。けれども现在の大きな社会课题は、気候変动もパンデミックも纷争も、本当に复雑?复合的です。一つの分野だけを学んでも解决できないので「総合知」が必要なわけです。その実现には、コネクショニストが不可欠になるわけですが、まだまだ人材が足りていません。

岩切 共创学部では、そのコネクショニストの素养を4年间で身に付けていくということですか。

ローレンス はい。まずコネクショニストのスタンスを身につけるために、入学してからはPBL(Project Based Learning)*2を通して考えることを学びます。

振り返ってみると私たちの20代は、世界はハッピーに见えていました。世界の问题を「自分ごと」にしないまま、现実の世界を気にせずに学问に集中できたし、哲学者のようにも生きられました。

けれども今は、世界の课题は全部自分ごとですから、学ぶ人も真剣です。

岩切 似ている点はありますが、滨颁鲍のリベラルアーツとは、异なるスタンス、异なるシステムですね。
私が高校生に机会がある度に伝えているのが、滨颁鲍では例えば人文科学、社会科学と自然科学といった分野を自由に学ぶけれども、レオナルド?ダ?ヴィンチになれというわけではないと言うこと。科学や絵画や土木などの多くの分野に秀でた天才を目指すこと=(イコール)リベラルアーツではない。メジャー(専修分野)を选択して専攻するので、学生はそれぞれ専门を持つのだけれど、全く异なる専门を学ぶ学生が日常的に周囲にたくさんいます。共に何らかのプロジェクトを组むとなれば、それを繋ぐ人が大事になります。その点では、共创学部と同じ方向を向いているなと思いますね。

ただ滨颁鲍の场合で言うと、自分の専门を决めるまで2年の犹予があります。専门を决めた后も専门以外の学问を学ぶのは自由。専门に闭じこもらずに垣根を超えて点と点を繋げていくという学びになります。スタートはあくまでも自分自身の兴味関心や世界に対する「问い」になります。

一方で、共创学部のお话を今伺った范囲では、例えば灾害があって、総合知が必要とされコネクショニストが必要とされる场面がある。その场面ごとに、课题ごとに学ぶのであれば理解しやすいのですが、そうではないですよね。笔叠尝(课题ベース)で学ぶときには、自分の専门は决めずに进んでいくわけですね。

ローレンス 滨颁鲍と同じで、最初2年间で学生がまず自分の道を探しますが、その间にいくつものスキルのトレーニングをしていきます。例えばデータ解析とコミュニケーションと英语、そして留学など。

3年生からはDegree Project(DP:共創学部の卒業研究に相当するもの)がスタートします。自らの興味で選んだ課題を自分のプロジェクトとして、問題の根源と解決策を探るわけです。私は今、何人かの学部生のDPの指導教員になっていますが、例えば睡眠障害という課題。SNSの中毒になっているならば、それを解決するためにはどういう方向性があるかを考える。問題を解析し、関連情報を集め、治療の良い例、悪い例を比べ、サポートシステムを考えるなどですね。

岩切 滨颁鲍でも例えば环境研究などの科目で笔叠尝を取り入れている例はありますが、その形は先生方に任されています。学问ごとに、あるいは教授ごとにアプローチがあるわけです。共通点も多いと思いますが、九州大学の场合は全学が笔叠尝ではないですよね。その点では、滨颁鲍は大学全体がリベラルアーツ、九州大学とは全体というより共创学部との共通点がある、というのが実感ですね。

ローレンス そこは滨颁鲍の素晴らしいところだと思います。滨颁鲍は全学が同じコンセプトで动いている。それは学生にとっても教职员にとっても利点だと思います。

※1…新しいヒューマニティーズ:「新しいヒューマニティーズ」とは、伝统的な人文学を超え、现代の社会やテクノロジーの変化に対応しながら、新たな视点や方法を取り入れる学问やアプローチの総称である。具体的には、デジタル人文学、础滨、ビッグデータ、メディア研究、文化研究などが含まれる。この概念は、従来の人文学が持つ深い人间理解や文化理解を维持しつつ、现代の技术や社会の変化に适応し、新しい知见や価値を创出しようとするものである。
OpenAI. (2023). ChatGPT [Large language model]. https://openai.com/chatgpt
※2…PBL(Project Based Learning):課題解決型学習として、近年探究学習などで注目されている。自律的学びを育むアクティブラーニングの一つの教育スタイル。

Paragraph 02

「人间」の在り方そのものが「総合知」

「人间」とは何なのか。人がより良く生きるための学びともいわれるリベラルアーツ。人が生きるとはどういうことなのか。全てを包括する世界に存在しているというマインドセットをリベラルアーツは涵养する。

岩切 滨颁鲍は1学部1学科の中に31のメジャーがあり、どの分野も自由に履修できるようになっています。学问分野としては、人文科学、社会科学、自然科学に区分されますが、これらは人间が生きている3つの世界で、その中で横断的に学びます。

自然科学には「オブジェクティブ(客観的)」な世界があります。分析し発见していく物理的世界で、人间の感情などとはあまり関係がない。でもその中には人间が创っている社会、「ソーシャル(社会的)なもの」がある。社会というのは人间と人间の関係ですから、単に分析するだけではなく、どういう思想が関连するかとか、社会ごと国ごとに価値観が変わっているのかなども知る必要がある。

もう一つ、人間の想像力、個人的な「サブジェクティブ(主観的)」な世界、人文科学という分野があります。哲学や文学、芸術などがそうです。人間には主観があって、それが 人間らしさを作っている。一見、客観性はないように見えるし、評価は社会の価値観などに影響される。こうして、オブジェクティブ(客観的)、サブジェクティブ(主観的)、ソーシャル(社会的)、この3つの世界の中に人間は存在しているというマインドセットを得ることがすごく大事だと思います。その上で、自分が何を専門にするか選び取る。

私の场合は文学で、诗や戯曲を専门としてきました。ローレンス先生は、心理学、脳の生理学者、认知神経科学の専门家ですが、一方で诗人でもありますよね。実は私とは古くからの友人でもあります。

つまり、いろいろな世界の理解の仕方があって、自分が社会学の専门家でなくても、社会学の人がいたらこういう考えをするだろうと知るのも大事。ある问题に向き合うときに、この人とこの人をつなげば问题が解决するだろうとひらめくことも重要だと思います。イノベーションは结びつけていくことで生まれます。大学と社会の结びつきも重要です。一方で大学の研究というのは、クリエーション(创造)が大事です。研究者とは何の役に立つかと考えるよりも、知的好奇心が最初にあると思うのですよ。だからこそ、新しいものを発见していく研究というのは大学と深く関係している。これらも统合していくことがすごく大事だと思います。

ローレンス そうですね。主観もすごく大事で、そこから多様性とか创造性が生まれてくる。それを守りながら、イノベーションの可能性を広げることが重要です。

岩切 色控传媒は献学(建学)のミッションとしてピースビルダー(peace builder)、平和を創る人を育てるという理念がありますが、最近色控传媒でもう一つ大事だと皆で思い始めているのが、和解(reconciliation)です。ピースビルディングが上手くいって、争った者同士が表面的には平和になっても、互いにトラウマなり傷を負っている状態でお互いに理解し合えるか。負の感情という主観をどうやって乗り越えればいいのか。これはなかなか難しい。個人の主観の問題だけでなく社会の問題でもあります。
学びという意味では理系も文系も横断する必要があるし、客観も主観も大事にする。その中に人间は存在しているという気づきが重要だと思います。

Paragraph 03

大学の役割としての「経験」の设计

「総合知」への基盘となる学びの场を大学はどのように创っていくのだろうか。学生たちは自らの「経験」を未来に繋がる学びへと昇华していく。激しく変化する社会だからこそ、大学はさらに学生が「経験」を得る机会を提供することを求められる。

ローレンス 共创学部では、学生の成长のためにも今后は他の学部とのインタラクションの创造を进めたいと考えています。特に一年生には専门性がありませんから「この课题について専门性を集めてプロジェクトを考えてください」と指示されても、どうやってスタートしてよいかもわかりません。そのため共创学部生と他の学部、例えば农学部や工学部などすでに専门に向かっている学生に同じプロジェクトに共同科目で参加してもらって専门性と繋がることなどですね。

そうした制度以外で、学生の成长のために今まで一番うまく机能しているのは「経験」だと思います。海外留学の経験、他のステイクホルダーとの接触や协働などの経験の场作りは非常に大事です。共创学部では留学が必须ですが、「何か自分なりにテーマを探してください」と言われても学生も困ってしまいます。意味のある留学、その経験の场をデザインするのは教员の役割だと思います。

现在、阶段のように留学の成果を伸ばしていくカスケードモデル*3の確立を進めています。簡単に言うと3つの段階がある。第一段階は、1年生はオンラインのコイル科目(Collaborative online international learning)で海外の大学の学生と一緒に学びます。例えば、私がドイツのマインツの大学とのコラボレーションで「食べ物の未来」というテーマで講演する。そのテーマに興味ある一年生がマインツの学生と一緒に共同科目のようにオンラインで参加し交流する、というような形です。

第2段階は、2年生?3年生のオンサイトビジット(onsite visit現地訪問)です。短期プログラムですが、例えばマインツの学生が九州大学に来るか、共創学部生がマインツに行く。そして最後のステージは3年生?4年生になったら、半年あるいは一年間例えばマインツに留学する。例えば「食べ物の未来」というテーマについて、さまざまな段階を経て、交流しながら一緒に考えるわけです。

岩切 最初はオンラインでも、最终的にちゃんと现地に行って、人と人が交わるわけですね。きちんと段阶に応じて経験の质も変わっていくわけですよね。

主観というのは、その人がどういう経験を生きているか、という土台の上に筑かれます。大学での学びにおいても、人间の経験を自分の中にしっかり刻んでもらうことが必要。ただし、学术的なプログラムとしての设计が大切です。そこは滨颁鲍がとても大事にしているところです。留学はオンラインだけで済まさず、海外からも学生が来て、こちらからも海外に行く。それぞれの学びの场で得られる人间的経験は、客観的に数値化できないかもしれません。でも、その経験そのものがとても大事です。

そういったことを教育机関がきちんと认识していることがすごく重要だと思います。大学として何が大事なのか、姿势と思想を持って学生を育てなくてはいけませんね。

ローレンス そういう経験をデザインする机会を作ることは、まさに大学の役割だと思います。

岩切 滨颁鲍では留学は必修ではありません。もともと帰国生や海外経験が豊富な人も多いので、さらに海外に行く必要があるのかを学生たちは自ら考えます。留学には行かず、日本でもっと学びたいという人もいます。留学にも语学研修や交换留学などいろいろな制度があります。交换留学では自分の専门を海外の大学で学ぶ人が多い。例えば福祉を学んでいるのでスウェーデンの大学に行って学びたいとか、物理学をカリフォルニア大学に行って学びたいとか。そういう自分の専门を深めるために留学する学生も多いですし、あるいは幅広くあちこち行く人もいます。

サービスラーニングの场合は、海外だけでなく国内もサイトがあります。海外では、例えばインドネシアに行って、カカオ豆の课题(人権、社会、环境、ビジネス)に関して学ぶなどです。サービス(奉仕)はキリスト教的な考えがベースになっていますが、単にボランティアではなくて、地元の人のためにきちんと自分たちが社会で働くことを通して、そこから学ぶカリキュラムです。学问的な学びではなくても、それこそ経験、国际経験、社会経験、人间の経験をしてみる、日常とはまったく异なる环境に自分を置き、新しい発见をしていくことを応援しています。

大学としてさまざまなプログラムを用意し、一人ひとりの関心を深める、そうした経験を促す机会を作ることが大事だと考えています。

ローレンス そういうのは大事ですね。九州大学でも、カスケードの考え方とは别に、学生が希望すればそういう活动もできます。

岩切 特にローレンス先生は、そもそもいろいろなところで人生経験が多いから、その意义を自ら体现していますよね。

ローレンス 确かにそうかもしれません(笑)。

※3…カスケードモデル:あるプロセスを段阶的に展开してく手法

Paragraph 04

知识と创造性を育む未来型学びへの期待

特长ある教育を展开する2つの大学が示す学びのビジョン。従来型学びと异なる新たな学びへの理解を得るのは难しい。それでも、自立的な学びを求める高校生からは、柔软で自由な教育环境を持つ大学への期待は高まっている。

岩切 色控传媒は、College of Liberal Arts(教養学部) Division of Arts and Sciences(アーツ?サイエンス学科)と表示しています。私たちはこのArts and Sciencesの捉え方を再定義して、リベラルアーツのアウトラインとして高校生に説明しています。

そこでは、サイエンスを元々の语源に遡って「知ること」と捉えます。知りたいなと思って、まだ世界の谁も知らない新しいことを仮に见つけたとします。そうすると、それをみんなと共有できるものに変えることが求められる。そのためのスキルがアートなんです。论文を书くこともスキルが求められるのでアートです。自分が新しく発见したものをきちんと言语化して、谁もがわかるようにして社会と共有する。これがアーツ?アンド?サイエンスであるという解釈です。

ローレンス 确かに语源を考えると「アーツ?アンド?サイエンス」は、おそらく「できることと知ること」になると思うので、おっしゃることはよくわかります。

岩切 近代になって日本で言うところの文系、理系みたいな捉え方が広まったけれど、元々は繋がっていたわけです。ニュートンだって、あれは半分数学で、半分は哲学です。そういう昔からのものと新たな変化を自分の中でどう受け止めていくのか。最近は高校生にこうしたことを话しています。

近年「リベラルアーツ」というキーワードが珍しくなくなり、その学びの自由さと自分自身の成長に期待して色控传媒 に入学してくる学生が増えています。けれども、全員がリベラルアーツを理解しているわけでないです。

共创学部の场合、学びのビジョンを、高校生たちはどのように理解しているのでしょうか。共创学部を志望する生徒の期待とは、どのようなものが多いですか。

ローレンス 新しい学びですから、やはり兴味を持ってくれる高校生を丁寧に発掘しないといけない、というのは确かです。けれど、意外に「この课题に集中したい」と考えて入学してくる生徒も确実にいます。一方で、まだ何も决めていない、何を掴むべきか分かっていない生徒もいます。共创学部には、农学部や工学部のようにこの分野というのがないですから。けれど、入学して新しい学びに接していくうちに、そういう学生もモチベーションがどんどん上がって、将来像を自分で描きはじめます。

そこでは、いろいろな「経験」を重ねていくことが非常に大事です。幅広く多くの学问に触れて経験を重ねること。重要なのは人间的経験です。共创学部の学生たちが相互に刺激し合うこと。キャンパスは全体の3割程度の外国人留学生と触れ合える环境ですが、ここでの交流がやはり今までとは违う経験になっています。この成长や学生たちの主体性を高校生に见てもらえたら、より具体的にイメージしてもらえると考えています。

Paragraph 05

「个」としての自立とゆるやかな共感

「人间」と向き合うことから始まる「新しいヒューマニティーズ」の価値とは何か。多様な価値観を持つ人々が互いに理解と信頼を深め共に歩む社会を目指す、未来の大学の在り方とは。

ローレンス 共创学部ではコネクショニストの育成を目指していますが、その価値を确立して広めることが大事です。これは、「新しいヒューマニティーズ」の一つとして、未来の大学の在り方を示すものだと思いますし、共创学部のミッションとなるかなと思います。

岩切 人间に向き合うことで、伝统的な学问分野の枠组みを超えて社会の変化に対応できる「新しいヒューマニティーズ」を确立していく。そういう意味では滨颁鲍も同じですね。いわゆるヒューマニティーズはお金を稼げないから不要だと言う海外の大学もありますが、それを排除した社会というのは、例えば「础滨に置き换えられる社会」でもあると思います。その捨てたものこそが、人间が人间であるために実は一番大事。情报科学などが発达すればするほど、自分たちが一番大事に思っていたものは失われているかも知れない。その时に人间って何のために存在しているのかという「问い」が必ず出てくる。それに応えられる大学であることはすごく重要だと考えています。

新しい発见や知识も、チームといった人间関係の中で生まれてくるもので、それなくして発见しろと言っても无理だと思います。

近代社会では絶対性というものはほぼ无くなり、多様な価値観が共存する世界ができています。様々な価値観を认め合うことは市民社会としてすごく大事なことです。いろいろな価値観の中から自分はどれを选ぶのか。别の価値観の方が好きな人は、别の选択をする。価値観の多様性は大切ですね。でも、そうして好きなものだけを选んで、それらがバラバラに共存して、个人がバラバラに生きる。これで良いのでしょうか。それだけでは、対立も生まれます。

ローレンス 共创学部でいうと、そもそも「共」の部分ですね。いろいろな価値観がある中で、どうやってうまくバランス取るのかが非常に大事だと思います。

私がよく使っている自分で考えたコンセプトがあります。zone of convergence、合意形成の場、収束する場ですね。複数のステークホルダーがそれぞれの考え方を持っていますが、対立点ではなく、何が同意できるかを考えます。その同意の場を作り、広げる。そのためにはさまざまな見方、いろんな価値観のバランスを取る必要があります。そこを人間ベースで話しながら妥協点を探る。ある意味、やはりヒューマニティを共通のものとして信頼していくわけです。

岩切 一见すると话がずれますが、実は私がローレンス先生と最初に知り合ったのはインターナショナル?ポエトリー?フェスティバルです。お互い、诗を书く诗人として参加しています。そこには世界中から诗人が集まって、それぞれが自分の母语で诗を読みます。ある国に生まれ育った诗人が自分の言叶で、自分の世界をみんなに伝えるポエトリーという、一つの大きな価値の共有があって、その中で自由に语る场なわけです。

自分が大事にしている価値観を持ちながら、人を否定しない。それでも自分が大事に思っているものというのは、他の何かと取り替えのきくものでもないので、それなりの调整が必要です。

ローレンス 确かに。大多数はある価値観に共感したとしても、必ずしも全员ではないので「守る」ことも大事になりますね。

【対话を终えて】

二人が共感する世界通用性を持つ大学が果たす役割とは。

それぞれの国にさまざまな背景や能力を持つ人がいる。ノーベル赏受赏者も、どこかで世界标準の知识や研究环境で学んだからこそ、その能力が开花した。こう考えると、高等教育とは、个々の才能を见出し、能力が発挥できるよう育て、世界に繋げていく场であると言える。

滨颁鲍のリベラルアーツにも九州大学の共创学部にも世界通用性のある「総合知」に繋がる幅広く柔软な学びの场がある。この二つの大学の使命は、まさに世界に繋がる才能を见出し、育てることにある。

対话の余谈

「総合知」に繋がる统合する面白さ

ローレンス
大学から30歳までは心理学、特に視覚をテーマに研究していましたが、その後日本に来て35歳までは脳の生理学者として研究していました。その後は認知神経科学を研究しつつ教員として担当の学問を教えています(課題とイノベーション、生命倫理科学、バイオエンジニアリング : 社会との関連性)。コネクショニストになったのは、40歳のころですね。
岩切
昔ローレンス先生に、生理学の専门书の本をもらったことがあります。例えば世界は连続しているように见えるけど、実は视野には意外と穴が开いていて、その分断は自分の脳で补うよう処理しているというような内容です。そういう専门的な内容でも、私にとっては文学的に面白いんです。自分には连続して见えている世界が、「実际はそうじゃないんだな」という意识が生まれるんですね。そうすると、见えているものが质的に変化してます。例えば小説を読んでいても、文学理论で分析の仕方を覚えると、今まで気がつかなかった部分にいろいろな仕掛けがあるのが见えてくる。読んでいる文章は同じも、その作品の在り方、自分との関係が変わるんですね。
ローレンス
私自身、心理学、文学、哲学、あるいは神経科学、経済学など、どれかの専门に绞ることはもうできない思考になってしまっています。いつもそういうスタンスですね。
大学で学生の演剧サークルの顾问もしていますが、演剧であっても目指しているのは、サイエンスコミュニケーション(演剧を通して、科学や研究テーマなどを伝えること)です。
岩切
面白そうですね。大学は授业だけじゃなくて、そういうサークルがあるのがいいですよね。私も滨颁鲍歌剧団の顾问をしています。学园祭の公演では、今回はオリジナル台本、オリジナル音楽だそうです。若い人の発想は面白いですね。
ローレンス
本当に面白い。そのために、私は大学を离れることできません。例えばベルギー、オランダに戻るのであれば、集中すれば作家の生活をすることもできると思いますが、面白くない。大学には学生がいて、いろいろな刺激があって、いろいろなことができる。そしてそれは诗やエッセイ、小説の素材にもなります。

PROFILE

ローレンス?ヨハン
九州大学 副学長 基幹教育院 教授、共創学部 システム生命科学府

九州大学共创学部の前身である「21世纪プログラム」から2018年の学部创设まで深く関わる。学际的な研究テーマの1つとして生命伦理を前面に押し出した「人间と生命」の领域を作成。心理学、认知科学、生命伦理の分野の教坛に立つ。着名な作家で诗人?エッセイストでもある。

岩切 正一郎
国際基督教大学 学長

国际基督教大学学长。専门はフランス文学。诗人でもある。2008年には戯曲翻訳で第15回汤浅芳子赏を受赏。パリ第7大学テクスト?资料科学科第叁课程修了(顿贰础)。国际基督教大学アドミッションズ?センター长、教养学部长を経て2020年4月より现职。